音楽に関する話をしよう

自由に書いてます、音楽が好きです。

私情

密集したライブハウスで、全体力を使って跳ねて、好きな時に叫んだり、踊ったり、私は自分がありのまま、目の前にある音楽に浸れるあの空間が好きだ。

 

ライブの前にもまた、楽しみがある。解禁された情報が載ったツイートや、インスタの投稿、ストーリー、LINEを、興奮のあまり上手く読み込むことのできない状態。一気にTwitterのタイムラインが早くなったり、友達と「どこの公演いく?!」と連絡しあったり、バスや飛行機、ホテルを予約したり、離れた友達に連絡して「ライブ決まったから泊まらせて〜😢」とお願いしたり。

 

ライブが終わっても、ライブに行った余韻で、体感した記憶で、次の日も、またその次の日も、体が漲るようになり、生きる気力が湧いてくる。

 

 

早く元の状態が戻らないかなと願うも、年末年始で拡大しそうなコロナウイルス。音楽でしか日々の鬱憤を晴らすことのできない私には、当たり前だったことが、どんどん遠くなる気がして怖くなる。対策を練って編み出した新しい形のライブは、もちろん楽しいけど、心の底から楽しむことはできない。配信ライブもとてもありがたいが、やはりどこか緊張感や臨場感が無く、物足りないと思ってしまう。

 

地方限定ライブや、収容人数を減らして行われるライブの感想は、ハッキリ言って見ることができない。羨ましい、と妬んでしまう心が素直に出てくるから。その現実から自ら離れていかないと、悲しい気持ちでいっぱいになる。

 

2020年は、遅いかなと思っていたが、随分と早く、退屈に、流れていった気がする。テレビをつけても「新型コロナウイルスが拡大し…」と言った発言は、もう聞き飽きたし、透明のパーテーションを立てて、遠隔で誰かと話して、と言った今の感染対策バッチリな状態に、まだ違和感を覚えてしまう。「コロナウイルスがなければ」って考えることにも、もう飽きた。

 

8ヶ月ぶりに行ったライブは、マスクをして、距離をとってのライブハウスにて行われた。完全に異常な状態。空気も私は良くない気がした。どう楽しんでいいのかわからない人で溢れていた。当たり前だなと思った。もちろん楽しかった、そこにアーティストが音を鳴らしているのも事実だった。でも、体感で音楽を、浸るまで感じることはできず、終わった頃にはもどかしい気持ちがずっと残っていた。私が好きだったライブはもうそこにはなかった。

 

ライブが大好きな私が、「ライブに行ってきた!楽しかった!」と言うことに対して不安を感じる日が来るなんて思わなかった。観客の立場である私が思うわけだから、アーティストは想像を超えるほどの痛みや苦しみを味わっていると思うと、胸が痛くなる。誰も悪くないウイルスに対して、これほど考えなければいけないことに苛立ちすら感じる。

 

職業的に困難な人、家庭を持っている人など、ライブハウスに行くことさえ躊躇してしまう人もいる中で、全員が楽しめるライブの形は存在しないと思う。

 

コロナウイルスがなければ」と考える日々に疲れた。出来ることを続けていくのが一番良いと思うが、最高を知ってしまった以上、その最高を求めたい自分は、本当にまだまだ子供だな、と思う。一日でも早く、この制御された生活が終わりますように。